フルモデル・チェンジのありかた 4

日本ではアコードやシピックあるいはファミリアなどにこの例が見られます。


しかし、ここでは呼び方は単にサルーンやセダンを付けているだけであり、マイナー・チェンジ扱いとしています。


さらにはっきりしない例では、モデル・チェンジに際して、かつてのギャランやレオーネの場合のように、外観的にはあまり変わりばえがないもの。


わずかにエンジンに新しいメカニズム付きのものが加わった程度でも、会社側からはフルモデル・チェンジとして発表された例もあります。


これらには、販売政策上の区別でしかなくなっている一面もあります。


もちろん、このような場合では、営業成績上での効果は全面的に変更のときほど上がらず、モデル・チェンジが単に売る側の言い分だけに終わっています。


フェイスリフトとは、文字どおりクルマのお化粧直しのこと。


多くの場合、人間でいえば顔に相当するフロントマスクのラジエーター・グリルやヘッド・ライトの意匠を変えることを指していいます。


もちろんことのついでに、テール・ランプ回りやバンパーの形を変え、ときにはメーター・パネルの意匠や内外装のモール類を変えることもあります。

フルモデル・チェンジのありかた 3

フルモデル・チェンジの全期間の中間あたりで、ユーザーの関心を集め、販売促進の一助にとマイナー・チェンジを実施します。


内容的には、エンジンの改良や足まわりの強化、あるいはバリエーション・モデルの追加などであり、ときにはこの際に新型エンジンやオートマチック・トランスミヅションなど、新機構の追加などを行っています。


かつての手法では、フルモデル・チェンジの際には、ニューモデルとして4ドア・セダンの基本車型のみを出し、その後のマイナー・チェンジの際にクーペやハードトップ。


あるいはスポーティ・バージョンのGT車を加えるなどの手法も取られていました。


最近では、GM、トヨタ、日産などの大会社で一気に全タイプのバリエーション・モデルを発表する例が多くなっています。


そして、経営的に苦しいか、規模の小さいとみなされる会社が、小刻みにバリエーション・モデルを追加発表しています。


また、VW社が先例を作ったともいえますが、基本モデルとしてのFF方式のツー・ボックス・セダンのボディ後端部に、トランクルームを取り付けてスリー・ボックス・セダンのニューモデルを生み出しました。


そこではポロに対すダービイ、ゴルフに対するジェッタ、パサートに対するサンタナなどと呼んで、別モデルとしてはいますが、見方によったらマイナー・チェンジのひとつともいえる手法が増えています。

フルモデル・チェンジのありかた 2

これに対して、スタイルやメカニズムのいずれもが新しい形でスタートしたトヨタのターセル/コルサやンアラ、あるいは日産のシルビアやガゼールなどは、新しいシリーズとして誕生したものです。


これはモデル・チェンジとはいえないでしょう。


この意味からすれば、アメリカの場合は、フォードのエスコートを除いては、呼び名も変えているので、やはりモデル・チェンジには入れない方がいいでしょう。


フォードのフィエスタやクライスラーのLシリーズのオムニやホライゾンと同様に、ニューシリーズとした方が正確な区別かもしれません。


日本でも同様にパプリカがスターレットとなり、チェリーがパルサーと名前を変えたように、全面的なモデル・チェンジに際して、旧シリーズの好ましくないイメージを消しました。


あたかも1クラス上級車種が新しく生まれたかのようにするという販売上の作戦の一つが、この手法なのです。


しかし、ニューシリーズの誕生といい、フルモデル・チェンジといっても、呼び方だけの違いで、実質的な内容は大同小異であることが多いです。


フルモデル・チェンジにおいて、ボディからエンジンまですべてを一新するのはあらゆる面から見て大事業であり、単に技術的や設備的な面だけではなく、販士上やアフター・サービスなどの点から見てもやはり準備作業が大変なのです。


そこで、一般的にはフルモデル・チェンジは、製造設備面で費用がかさまないボディやメーター・パネルあるいはシートなど、目立つ割には技術面で問題点の起こりにくい部分に限るという手法を取っています。

フルモデル・チェンジのありかた

一般的には、フルモデル・チェンジというとボディのスタイリングはもちろん、エンジンからパワー、トレーンまですべてが一新されるように見られています。


しかしが、実態を詳しく調べると、そのような例は比較的に少ないのです。


つまり、ボディ・スタイルのように、変えたことが一見してわかり素人目にも目立つモデル・チェンジは販売上の効果が大きいです。


これに対しエンジンやトランスミッションなど、メカニズムの全面的変更は、単に性能や品質の向上だけではなく、耐久性や信頼性に一抹の不安があります。


そして、外からは見えませんし、メカニズムのマニア以外は分かりにくいうえ、一般にはこの際には無関心であり、モデル・チェンジの効果が低いといえます。


したがって、大部分のフルモデル・チェンジは、ボディの鋼板や内外装などの装飾的部分やシートからメーター・パネルなど眼にふれる分かりやすい部分に限られる場合が多く、この際にはエンジンや足まわりは小変更に停まっています。


そしてフルモデル・チェンジ期間の中間あたりにこれらのメカニズム部分はマイナー・チェンジとして実施されている例が多いのです。


例えば全面的なフルモデル・チェンジとしては、わずかに日本では1981年の日産のサニーやバイオレット・シリーズ、あるいはトヨタのカムリやカローラに見られるFRからFF化の例があり、GMのK、X、J、Tの各シリーズがやはりFRからFFに変わったことに似ています。


フォードのエスコートやクライスラーのKシリーズもこれと同様な全面的変更の例でしょう。


いずれも、省資源と省エネルギーの1980年代に限られています。

気になる国!ナイジェリア・・・其の5

日本との関係

ナイジェリアはアフリカ諸国の中では日本との経済関係が極めて緊密な国です。

1966年以来、日本は3回にわたって円借款を供与し、研修員受入れなどの技術協力も活発である。

一方、日本企業の進出は、家電、合繊、ガラス瓶、漁網などの事業で41件の多きに上っています。

国名ナイジェリア連邦共和国
英語名FederalRepublicofNigeria
独立年月日1960年10月1日
国連加盟年月1960年10月7日
主要国祭日10月1日(独立記念日)

気になる国!ナイジェリア・・・其の4

ナイジェリアは東西いずれにも片寄らない非同盟政策を堅持し、このため東西の要人の往来は盛んであり、特に南アフリカ問題の解決のため国連を舞台とする積極的外交を進めている。

経済的には、この国は労働人口の60%が第1次産業に従事する農林畜産国であるが、世界第6位の産油量が国の財政を救い、70年代以降工業が急速に発展しはじめています。

アフリカ随一の人口をもつこの国は、多部族国家でもあります。

全国に大小248の部族があり、ビアフラ戦争で有名な南東部のイボ族、南西部のヨルバ族、北部のハウサ・フラニ族が3大部族といわれる。

これらの部族はかつて栄えた王族の流れをくみ、それぞれ高い誇りをもっています。

これら諸部族の統一を図る点に困難があります。

気になる国!ナイジェリア・・・其の3

独立後のナイジェリアは混乱を繰り返しました。

1966年には1月と7月に2度も軍事クーデターが発生しました。

特に悲惨だったのは、東部のビアフラ州独立宣言に端を発する部族間の戦争でした。

"ビアフラ戦争"ともよばれたこの内戦は1967~70年も続き、ビアフラの反乱軍は鎮圧された。

その後も75年7月に無血クーデター、76年2月に一部青年将校のクーデターが発生しました。

軍政は79年10月民政に移管され、シャガリ大統領が就任したが、82年12月再び軍事政権となりました。

このように多民族間の権力争いもあって政治的不安定が続いているが、政府は各民族のバランスをとって内陸部のアブジャに首都を建設、遷都を宣言した。

しかし実質的機能はまだラゴスにあります。

気になる国!ナイジェリア・・・其の2

発掘された土器などにより紀元前5~3世紀にすでに文明が栄えていたことが明らかにされているが、それ以後中世にかけての歴史は不明です。

南部では12~15世紀に王国が栄え、北部では7世紀以降イスラム教の影響を受けた文化が花開いた記録がある。

欧州人が来航したのは15世紀後半からで、17世紀には奴隷貿易が最盛期を迎え、1807年に奴隷貿易が禁止されるまでに年間約10万人の黒人奴隷が売られて行ったといわれる。

19世紀になるとイギリスが支配圏を拡大して1861年にはこの地域一帯を統治しました。

そして1914年イギリスはこの地域の北部、南部をあわせてナイジェリア植民地を構成した。

第2次大戦後になり、1951年の国民撲票の結果、東部、西部、北部の3地区で自治政府が生まれ、60年10月にイギリスの手を離れて独立し、63年に共和制に移行しました。

気になる国!ナイジェリア・・・其の1

この国はジョス高原、カメルーン国境付近の高山地帯を除けば、全土がせいぜい海抜500mを超えない平坦地であり、約800kmに及ぶ海岸部一帯は潟湖とデルタからなり、マングローブの生い茂る熱帯雨林地帯です。

アフリカ有数の大河ニジェール川と支流ベヌエ川が国の東西および南北を貫流している。

南部一帯は雨季が長く、一年中高温多湿で、マラリア、黄熱病などの熱帯風土病が多い。

北部に行くにつれ空気は乾燥し、すごしやすくなります。

北部には乾季があって一滴の降雨もないところがあり、1日の気温の差が17℃を超えることもあります。

気になる国!ベナン共和国・・・其の5

91年には複数政党制を導入、各種選挙が行われています。

ケレクー政権は75年以来ほとんどの大工業部門を国有化し、経済は運輸、工業部門の成長を図ってきました。

しかしこの国は、農耕、遊牧に従事し自給自足生活をしている住民が多く、基本的には農業国で、かつての経済の主体油やしに加えて、綿花、パーム油、落花生、コーヒーなども産出し、輸出するまでになっているものの、72年来農業生産は停滞ぎみであり、最近政府は地方の農業分野の再編強化に取り組み、農業の振興に力を注いでいる。

・・日本との関係・・・
日本はベナンに対し病院用医療資材供給や研修員受け入れなどの経済・技術協力を行っています。

貿易面ではベナン側の入超が続いています。

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